卒業旅行は世界一周!?

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旅の記憶


私が日本を出て9ヶ月以上が過ぎました。

今は南米にいます。


最近、旅を続けるかどうか悩んだり、旅の意味を考えたりする中で、今までの旅のことをよく思い出すようになりました。


マレーシアから始まった私の旅は、東南アジアを巡り、いろんな人に再会して思い出話に花を咲かせ、二度目の挑戦となったベトナム。

初めてのバイクで縦断。何も無い田舎道や海岸沿いを走った10日間。

言葉の通じない国でも田舎の人はみんな優しかった。

がんばってねって言ってくれた。


大国である中国に入って、周った東チベット。

僧侶の町。

チベット仏教に触れた鳥葬。

ムスリムが住むウイグル自治区。

このとき、中央アジアが目の前に広がって、今いる自分の場所が本当に中国なのか不思議な感覚だった。

顔つきも宗教も違うのに、みんな中国人なんだと思わなきゃいけない状況に少したじろいだりもした。


そこからパキスタンの国境を越えた。

6~7000m級の山々が広がるフンザ。

ホコリっぽくて、出てくる上水道が真っ黒で「うげ」って思ったけど、人と自然に惚れこんで気付いたら一ヶ月もいた。

毎日ここで私は何をしてたか思い出すこともできず、でも記憶の中には「素晴らしいフンザ」として刻まれていた。

一ヵ月半中国にいた私にとってフンザという地域で聞いた川の音、鳥の鳴き声、木の葉がすれる音はまさに癒しの時間だった。


そこからパキスタンを下り、イスラマバード、ラホール、クエッタに行った。

北部と違ってイスラムな雰囲気が香る。

イスラマバードで見たアフガニスタン難民キャンプは印象的だった。

20年以上暮らしている彼らの元にまだ水道、電気、ガスは通っていない。

アフガニスタンという存在がぐっと近くなった。


クエッタで盗まれた携帯。

今思うとちょっと笑えるけど、私は泣きながら警察に言ったことを覚えてる。

「携帯なんかどうでもいい。私はパキスタンが大好きなのに、信頼してる人に盗られたことが悲しい」って。

それから警察に、「君は僕らのゲストなのに申し訳ない。でもここは貧しい国なんだ、忘れないでくれ。」

そう言われたとき、私はどこかでムスリムを良いように捉えていたことに気付いた。

悲しかったけど、それが現実だった。


クエッタからイラン行きのバスに乗った。

護衛もなく、外国人は私だけ。

何人もの外国人がゲリラに誘拐されていたのは承知で行った。大冒険。

国境の街タフタンの治安は確かに良いようには見えなかったが、何とかイランに入った。

そこから今まで隠してなかった肌を隠すようになった。

本当のイスラム国を女一人で旅することは容易じゃなかった。

痴漢、セクハラ、ストーカー。

常に誰かから見られる圧迫感。

でも、私の中でイスラム圏は謎が多くて興味深いものが多かった。

気付いたらイランにも一ヶ月いた。


イランからトルコにぬけた。

季節的に冬が本格化してきたころ、カッパドキアで初雪を見た。

カッパドキアの地形に綺麗に積もった雪の景色は私が見た中で一番だった。

それからいくつかの街に滞在しながらイスタンブールに到着した。

ベトナムのホーチミンからトルコのイスタンブールまで全陸路移動という私のささやかな目標は達成された。

灼熱の東南アジアから季節を越えて、ヨーロッパの入り口イスタンブールまで来た達成感と喜びを一人で噛み締めた。

イスタンブールでは素敵な出会いもあって、他の日本人とバンドを組んで路上ライブをした。

初めてもらったお金、私はプロでもないし歌もうまくないけど何か嬉しかった。


トルコからイスラエルに渡った。

三つの宗教の聖地だ。

この旅で宗教に触れることが本当に多く、私の一番興味のある分野だっただけにイスラエルは一週間しかいなかったにも関わらず、かなり濃い日々だった。

このとき、初めてパレスチナ問題が理解できた。

パレスチナ自治区にも行った。

今しかできないこと、というか今しかないイスラエルを旅できてることが嬉しかった。


クリスマス前にスイスに移動した。

友達に再会して、新しい友達もできた。

クリスマスパーティも行ったし、おいしいご飯も食べたし、ウインタースポーツもした。

たぶん、一番バックパッカーらしくない生活をしていた。


スイスからケニアに向った。

照りつける太陽とアフリカンミュージックが異様にマッチしていて、わくわくしていた。

ケニアではスラムに行った。

話も聞けた。

大きなスラムは一つの街のようになっていたのが印象的だった。


ナイロビからウガンダに向った。

ピグミー族との大喧嘩、今は結構笑える。

ピグミーの村から見たコンゴの山々、今は行けないけどいつか行きたい国。

国境は目の前だった。


ウガンダからルワンダに移動した。

ジェノサイドの歴史が知りたかった。

たった18年前に起きた残虐な出来事が、私の目の中に飛び込む度に胸が苦しくなって泣いた。

過去の出来事なのに、その出来事を受け止めることで精一杯だった。

ルワンダの滞在は短かったけど、現地人は皆良い人が多い印象だった。

親切でフレンドリーで今まで見てきたアフリカ人よりもおとなしい感じだった。


そこからタンザニアに移動した。

タンザニアこそ、アフリカのイメージ通りのアフリカだった。

親切にもされたし、バカにもされたし。

何か騒がしい、おもしろい国だった。


スイスにいったん戻って、落ち着いた日を過ごした。

アフリカの緊張感は抜けて、少しほっとした。


そこから電車でドイツに行って、友達に再会した。

たった一日だけのドイツ。

飛行機の時間まで彼は一生懸命ドイツのことを教えてくれたし、案内してくれた。


長いフライト時間を経て、ボリビアに到着した。

まずウユニに向った。

一緒に東チベットを周ったメンバーに再会。

ウユニ塩湖にも一緒に行った。

今だけ、雨季だけのウユニ塩湖の鏡張り。

どこからが空でどこからが鏡に映ってるかわからないくらい綺麗に映えていた。

天国には行ったことないけど、たぶん天国のような場所。



そして、今私はサンタクルスという町にいる。

少し休憩をとりながら、旅のことを考えてる。

こうやって思い返しただけでも、相当たくさんのことを経験したし、数え切れない人たちに会って来た。

私が初めて一人旅した19歳のときも思い出した。

あの頃のような大興奮と全てのことに感謝していた気持ちは、旅慣れてしまった今、ほとんどなくなってしまったのがちょっと哀しい。

全てのものがキラキラして見えて、全てのことにわくわくしていた。

今もわくわくしていないわけじゃない。

でもちょっとだけ疲れた。

一人が好きで始めたのに、一人旅に少しだけ違和感を持つようになった。

「二人だったらいいのにな」と思うことが増えた。


今、私は旅に対してちょっと後ろ向きになってる。

でも、これも旅なんだと思う。

これが私の旅なんだと思う。


長旅の山を越えなければいけないときだ。


あと三ヶ月。

どういう気持ちで日本に帰れるか。

これから、どういう風に変われるか。


旅の記憶は私の中で息を持って生き続ける。

今もその繰り返しだ。


移動して、パッキングをして、また移動する。

何やってんだ私、と思うことも多くなった。

自分が思う旅がうまく現実化できないことに苛立ちもあった。


でもやっぱり私はいろんな人に支えられてここまで来れた。

いろんな人といろんな思いでを分け合って、ここまで来れたことを忘れてはいけない。

今こうしてここにいれることも。


忘れちゃいけない。

今も昔も。


旅の基本はここにある。


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プロフィール

MEGUMI

Author:MEGUMI
大学卒業後の1年間の旅をし、何となくマレーシアに移住。
現在はイギリスの大学院で戦後復興学の勉強をしています。

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